時かけのラスト

はてブから

http://hugo-sb.way-nifty.com/hugo_sb/2007/07/post_a6fb.html
まず、気になるのはクライマックス部分でのタイムリープの嘘である。タイムリープの使用回数を使い切った真琴だけれど、千昭のタイムリープによって最後の 1回を使う前の過去に戻されたことによってもう一度タイムリープできることに気付くという部分。これは劇中のタイムリープの設定からすると明らかにおかしい。

私は真琴勘違い説だとずーっと思ってます。ただ、引っ掛かる所がないかといえばそうでもなくて、カウンターの数字をタイムリープの残りの回数だってきちんと認識したことが描写されているのが0になった時なのに、ベッドの上でカウンター見てタイムリープの残り回数があるって認識して驚いてるのがちょっと違和感があるといえばあります(まあ、功介たちを追いかけるときにタイムリープするかどうか迷ってる所からなんとなく気づいてはいるということなんでしょうけど。)。
あと、

真琴が過去にタイムリープしたことにより、千昭は真琴に自分が未来人であることを知られたということを知らない訳で、あと何日か真琴が黙っていれば千昭は絵を見ることが出来た。或いは、真琴が絵の修復をしている叔母に頼めば簡単に見ることが出来たにも関わらず、真琴はそういう選択肢を考慮しない。

真琴は千昭を未来に返す為(もっと言えば全て元通りにする為)に最後の1回を使ったわけで、そこから絵の展示を待つ為に数日待つというのはありえないんじゃないかなという気がします(下手すると誰かが死ぬ思い立て続けに経験してきたわけですから、そこは慎重になるでしょう)。
じゃあ、叔母に頼めばいいじゃないかという話ですけど、真琴はそうしようとしてたんじゃないかという気がします。
というのも、戻ってきて野球場で胡桃を見せてから、千昭が帰るまでかなり長い時間が経過しているからです。野球場のシーンは昼間(次の何事も無く電車が通り過ぎる踏切の描写シーンとの兼ね合いから少なくとも4時前)なのに対し、千昭が帰るシーンではすっかり夕方。7月13日という設定ですから7時くらいにならないと夕焼けは見えないでしょう。
おそらく、絵を見せに行こうとする真琴に対して「そんなことしたらタイムリープできることがばれちゃうだろ!」みたいな口論になって(あるいは、おばさんの所に行っては見たもののばれそうになって逃げてきたとか)、結局絵は見に行かないで川原にたどり着いたというのがあの夕焼けのシーンなんじゃないでしょうか。セリフが微妙にふてくされて、二人に距離感が合ったのは多分その前にケンカしてたからに違いないと踏んでいるですが。