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飽和の前に枯渇があった - 太田猛彦著「森林飽和」

森林飽和―国土の変貌を考える (NHKブックス No.1193)

森林飽和―国土の変貌を考える (NHKブックス No.1193)

今年の始めあたりに太田猛彦著「森林飽和」を読んで、うわ、これ、やばい!ブログに書評書かねば!思っていたけど、ズルズルずっと書きそびれていて、今日、ふとはてブをみたら著者のインタビュー記事が話題になっていた。

日本には木が多すぎる:日経ビジネスオンライン
豊かな生態系を守っている里山。しかし、かつて日本の里山は、立派な木などない「はげ山」ばかりだった。それが戦後、木材が使われなくなり、今や「森林飽和」とも言える状況になっている。そして森林の「量」が回復したことが、新たな環境被害につながっている可能性があるという。『森林飽和』の著者、太田猛彦・東大名誉教授に聞いた。

というわけで、いつ書くか、今でしょ!という勢いに任せてちょこっと書いてみる。
まず、この本を一読して思ったのが、タイトルにもなってる「森林飽和」って、あくまで仮説レベルの話だよなぁ、という事である。実際、6章立ての構成の本書、この「森林飽和」という直接言及しているのは終わりの2章だけで、この2章に関しては文中にもちょくちょくエクスキューズが含まれていて読んでいて歯切れが悪い。おそらく著者もきちんとした研究や検証が必要だという事を重々承知の上で打ち上げた仮説として書いているのだろう。多分、ここだけを取り出して何かを語ろうとするのはなんだか危うそうだという感じは素人目にも思う。
じゃあ、一体この本の価値はどこにあるのか。それは「森林飽和」にたどり着くまでの1から4章までのいわば前置き部分である「いかに日本の森林が「枯渇」の状態にあったか」という事の描かれ方である。
本書は東日本大震災津波と海岸林の話から始まる。海岸林が津波によってどのような被害をうけたか、逆に防災上どのような効果があったか、といったことを取り上げていき、ところでそもそも海岸林とは何の為に生えているのかという問いかけから本題に突入していく。で、ここから千年以上の時間と場所を超えた「森」と「人」と「砂」の織りなす一大スペクタクルストーリーが展開されていて、ともかくこの「森林枯渇」の語り口の圧倒的なリアリティが本書を支えているといっても過言ではない。書評などで見かける「目から鱗が落ちた」的な文言はまずここから来ているだろう。
本書以前にも日本人と森林の関係について書かれた書物はあって、例えば本書でも参考文献として上げられているコンラッド・タットマン著「日本人はどのように森を作ってきたか」などと内容的には重なるところが多い。

日本人はどのように森をつくってきたのか

日本人はどのように森をつくってきたのか

しかし、本書のほうが大分易しく噛み砕いて書かれているので、かなり取っ付きやすくなってると思う。そして、もうひとつポイントになるのが「砂防」の視点からのアプローチがある事である。
「砂防」という言葉は普通はあまり聴きなじみが無い言葉じゃないかと思う。一言で言えば「川を流れる土砂をコントロールする技術」である。川を流れる水じゃなくて砂。なんでそんな物にわざわざ手をかけなきゃいけないかと思われるかも知れないけど、砂というのは時と場合によって人間の生活に影響を及ぼす厄介者になる。この厄介者ぶりを書き始めると本文の引用しまくらないといけなくなるのでぜひ実際の本でご確認いただきたい所ではあるが、ともかく、この「砂防」的な視点が平易な言葉で解説されているおかげで、森林が過剰に利用されると社会にどのような影響が起きるのかといった事が非常にくっきりと分かりやすく表現されているのである。
また、あまりこの視点から自然が語られる事を目にする事って無いように思われ、そのあたりで新鮮な驚きがもたらされるのかななんて思う(まあ、逆にこれだけで自然を理解したという気分になってしまいそうな感じがちょっと危うかったりして…)。
著者の太田猛彦氏は略歴をご覧になると分かる通り、砂防や森林の専門家で、そのあたりの専門性が存分に発揮された良著、世の中でいままで抜けていたピースのひとつを埋めてくれた感じがする一冊である。