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僕がニコ生する理由/ニコ生視聴者はひな壇にいる

ナマケ、応募しましたが予想通り落選しまして、今回は見る専門でした。次はあるかなぁ…。で、今回取り上げたいのが次の二つの番組

珍祭・妖怪観光のススメ[東1-17B] - 2011/02/12 17:30開始 - ニコニコ生放送
オススメの日本の珍祭と妖怪のメジャー観光地を紹介します。
※わたしは研究家ではなくただのモノズキなので、興味を持ったら
自分で図書館や現地に赴いて調べてみようね!!!

石の解説放送 STONE☆AGE!!![東1-17A] - 2011/02/13 17:00開始 - ニコニコ生放送
石(宝石の原石や化石等)をwebカメラを使って紹介していきます。
放送者:azami
石好きの女子大生4年
石は物心ついた時から収集していました。
科学部の時、集めていた石について調べ学習をしていたので、その時得た知識を元に解説しています
(注)「石の解説放送」であって、「パワーストーンの解説放送」では無いです。

これらは単一のテーマについてあらかじめ準備した写真や資料などを見せながらトークするというスタイルの番組な訳ですが、いや、本当に面白かったです。僕自身こういうスタイルのニコ生をやっているのもあって、ほかにこういう番組ないかなーと講座タグを時々チェックしたりしてるのですが(以前作ったhttp://nbc.skr.jp/とか一人で使ってる)、この2番組については全く知りませんでした。これらの番組を知ることが出来たことだけでも収穫でした。
で、見ながら漠然と考えていたのがタイトルみたいなことでした。
僕は、定期的にダムや砂防といったものについてスライドをつくってあれこれ話をするニコ生をしています(ニコニコ ドボク部)。
こういったスタイルの放送って素材や話をすることは前もって準備して、放送自体はそれにそって行うような形になる訳です。そこには予期せぬハプニングとかそういった生放送だからこその利点っていうのはあまり見いだせなくて、逆に生放送でわざわざやることか?って言われると「見る人沢山集められるから」以上にうまく反論する言葉がみつからなかったり。
でも、ナマケでこれらの番組みてて気づいたんですね。ああ、ニコ生の視聴者って匿名のお客さんじゃなくて、ひな壇タレントの役割なんだって。これは、池上彰劇団ひとり的関係なんだ、と。
上に上げた放送をみてるとコメントで誰かが質問をしてそれに生主が反応するかたちで話が膨らんでいくという場面が度々見られます。このやり取り自体は単にコミュニケーションなわけですが、それによって当初準備していたもの以上のものを得ることができている。端的に言えば生放送がコンテンツを生み出しているといえるわけです。
「話のネタ」は決まっていて一方的に話をするような形でも、コメントのシステムによってコミュニケーションが成立し、それによって新たなコンテンツが生み出されていく。ああ、ここに生放送でやる価値があったんだ、これが面白くて今までニコ生でいろんな話してたんだと気づいてはっとさせられました。
でもそれってニコニコ生放送特有の話なんでしょうか。僕はニコ生が持っている匿名のコメントシステムだからこそ、だと思っています。ニコ生の匿名コメントについて次のような指摘があります。

MobileHackerz再起動日記: 続・Ustream、ニコニコ生放送、どっち?

ニコニコ生放送は基本匿名

匿名であるがゆえに発言へのハードルが下がります、ということなのですが、これは「匿名だから無責任な発言が可能」という意味ではありません。
伊予柑氏は「お笑いを劇場で見て“無名の観客”として反応するのと、友人と面をあわせて友人のギャグに反応するのの違い」という表現をしましたが、常に発言にIDが伴なう(=UstreamのSocial Stream)形式の場合、放送の視聴者が少人数である時に微妙な発言しにくさ、発言することによるしがらみのようなものがどうしてもつきまといます。基本匿名の場合、そういう「気まずさ」に対してのハードルが下がるであろう、ということです

この指摘にある、匿名によって色々なしがらみから自由になることによる効果というのは単に発言のハードルを下げることにとどまらず、その発言内容にも影響をあたえるんじゃないかと思うのです。具体的には、しがらみに起因するようなコミュニケーションを抑制し(端的な例としては「なれ合い」しにくいとか)その場のテーマについての実質的な話に集中させるような力が働き、良質なコンテンツ化につながるのではないかと。
実は、以前ニコ生でやっていることとおなじことをテスト的にUstでやったことがあったのですが(Twitterでコメントもらったりした)、なんというか非常にすかすかな感じがしたんですね。ニコ生でやったときには時間一杯一杯だったスライドがあっという間に終わってしまったり。なんというかコメントの距離を感じた記憶があります。
というわけで、ニコ生は生主と視聴者が番組を一緒に作り上げるものという側面があるみたいなことを書いてみました。番組の内容やその規模によって違いはあるでしょうが、テレビと実況板の関係にとどまらない何かなんだろうなという気がします。なんだか妙なレッテルを張られて避けられがちな所もあるニコ生ですが、非常に優れたツールであることは確かだと思います。もっといろんな面が表に出てくるといいなぁと思っています。