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「堤防植林」と「緑の川」

かなり流し読み気味で書いたもので、昨日の記事の補足ということで。
「堤防植林」のところなんですが、そもそもは「河川」誌五巻二号に掲載されていた元内務技師の金森誠之氏の「さくら堤」という随筆とこんなイラスト

を引用していて、その上で筆者の伊吹氏が「一歩進めた話」として

将来は堤防は最小限のものにして河川沿いに堤防上は無論,堤内側,堤外側にまたがる帯状の森林帯を造成したらよいと思う.つまり森林自体が護岸であり水制であり一つの堤防であることになる.

と展開しているんですね。ただ、この後

しかしそれには一定の条件が要るのであって,こうした理想は河川の上流部から下流に向かって実現して行かなくてはならない.まず山間から流出してくる土石に対する一応の処置を尽くし,次に渓流々路の改修にあたっては,堤防や護岸の代りに森林を両岸に育て上げるように考え,そしてこの方針を漸時下流に及ぼして行くのでなければなるまい.

と行った具合にその工法が成立する条件を述べているのですが、この本を読んでてこのくだりってひときわ目立つんですよ。というのも、全篇通してあまり将来の技術・新しい技術みたいなところに踏み込もうという姿勢ってあまりなくて、逆にいくつかの新しい試みについて批判的なポジションで議論を展開していたりする。そんなスタンスを端的に表しているような文章が冒頭第一章にありまして

新しい考え方,理論などについて筆者はとりたてて意見を述べ批判しようとは思わないのであるが,ただ砂防は昔から相も変わらぬ同じ事ばっかりやっていて全然進歩がないと一概にいわれる向も多い.しかし,昔からやっていることの意味をよく振り返って考えて見るだけの度量を持って戴きたいと思う.「何故そうやっているのか」その意味を現場で砂防をやっている人に直接聞いても十分によく説明し得ないことが多かろうけれども,われわれは昔からのやり方の意味を十分に理解し,慎重に検討してからこれから先のことを考えて行きたい.思いつきのようなことをいきなりやって失敗した例は,砂防などの場合にとくに多いのである.このような時慎重な態度をとることは「砂防の発展のために」決して邪魔になるものでないと思っている。

で、そんな中で出てくる先の「緑の川」構想。昔の知恵から発展させた技術とはいえ、やっぱり相当挑戦的な提案なんじゃないかと思います。それをあえて出した理由じゃないかなと思うのが次の一文

しかしいつまでも,どこまでも,白い工事を続けて行ったのでは全く切りがないことは明らかであるから,早く根本方針を再考するか,少なくとも折衷する線ぐらいを出さなければ,下流の平野部は永久に救われないであろう.

本文中で幾度となく砂防工事の問題点としてオーバースペックな傾向や戦略的にちぐはぐな点などを指摘していて、それが制度や社会状況によってもたらされているといったような事を理由としているのですが、そういったものの対極にあるものとしてこの話題を取り上げたのかなぁ、なんていう気がします。っていうか、この一文、50年の時を越えてなんだか響きますね。
というわけで、昨日今日と「砂防特論」取り上げてみたのですが、あー!もう、ぜひ土木の知識のある人に読んでいただいて、語ってるのを聞きたいです。僕の地元の県立図書館には無かったですが、土木学科のある学校の図書館なら置いてないですかねー。あと、古書店の在庫の横断検索サイトなんかも最近はありますし、どうにかならないかなぁ。